「第5回しまだ大井川フルマラソンinリバティ」を実走取材してきました。この大会名物の大エイドなど<おもてなし>篇は明日お届けするとして、本日はレースのもようを振り返ってみたいと思います。
10月のマラソンには魔物が潜んでいる、と常々考えています。その理由は「気温に対する錯覚」。10月に入っても暑い日が続いた今年。最近になりようやく最高気温が20℃を下回る日が出てきて、レース当日の予想最高気温も19℃。
冷静に考えればフルマラソンで20℃もあれば「高温レース」のはずなのに、つい最近まで暑さが続いたため「20℃を切る=涼しい」と錯覚してしまうのです。 これが給水を怠るなど油断につながり、パフォーマンスの低下や体調の悪化を招くことになる・・・と、これまでの経験から実感しています。
実際、スタート会場では男性でもロングタイツにアームウォーマーという「冬装備」の選手が目立ちました。「20℃を下回る」という情報を「涼しい」と判断してしまったのかもしれません。
明日のvol.2で詳しく触れますが、「気温に対する錯覚」説を裏付ける証拠として、救護所のドクターいわく「熱中症で運ばれてくる選手が例年よりかなり多い」とのことでした。 さて、そんな季節外れの暑さのなか迎えたしまだ大井川マラソン。「高温レースだから給水(給ミネラル)はこまめに」を肝に銘じつつ、9時の号砲とともに今年のフルマラソン最終戦に挑みました。
序盤は島田市街を走ります。地元の方々が沿道で声援を送ってくれました。
4kmあたりの「大井川川越跡遺跡」。古い町並みや建物が遺されていました。魅力的な史料館もありますので、改めて歴史散策ランで訪れてみようと思います。
やがて今大会の名前にも入っている「大井川マラソンコース リバティ」へ。大井川の河川敷に作られた全国初のランニング専用コースで、島田市・藤枝市・焼津市にまたがる17.9km(第一期)が整備されています。
河川敷コースの往復ということで「飽きるのではないか」と心配していましが、想像以上にコースが広い上に移り変わる景色もバラエティに富んでいて楽しめました。懸念されていた強風もまったく無し。
明治12年完成の蓬莱橋が見えてきました。「世界一の長さを誇る木造歩道橋」(約900m)としてギネスに認定されているのだとか。
レース中は終始ピーカン。河川敷コースなので建物の影はもちろん、遮るものがまったくありません。とにかく体や脚を冷やさねばと、エイドごとに頭から水をかぶりました。 それにしても練習量は嘘をつきません。折り返し地点(20km)で早くも「脚が終わる」兆候が・・・。じりじりとペースを落としていくのはいつものパターンですが、今回はペースダウンの始まりが早すぎて焦りました。
予想どおり30km手前で完全に脚は終了。それでも意識が朦朧とする中なんとか走り続けられたのは、「33km地点の大エイドで少しでも食べる余裕を確保」したかったから。 ただそれだけを心の拠り所にして走ったため、大エイドに到着したときはまるでフィニッシュしたのと同じぐらい嬉しくて自然と笑みがこぼれてしまいました。
しかしレースを諦めていたわけではなかったので、「エイドでの飲食タイムは90秒」と決め、とりあえずチキンラーメンを熱湯のまますすり、まんじゅうを口に詰めてコーラで流し込みました。 大エイドには他にもたくさん魅力的な食べ物が用意されていましたが、長居するわけにはいきません。
誘惑を振り切るように「さあ、再出発!」と走りかけたそのとき、おばちゃん、いや、お姉さんから「はいっ♡」と、大きな肉のカタマリが5切れも刺さった串を渡されました。写真ではわかりにくいですが、デカイんですコレ。
自分の中の何かが弾けたのはこの瞬間です。気づいたら、肉、からあげ、焼きそば、おでん、まんじゅうなどをむさぼり食っていました。
(大エイドについては明日のトピックで詳しくお伝えします) ・・・大エイドを離れたのがいつだったか憶えていません。つぎに正気を取り戻したときは、すでにフィニッシュまであと5kmという地点でした。ラップはキロ8分まで落ち込み、もはやサブ4すら危うい状況であることに気づいたのです。
やがてなぜか視界が狭まり、まわりの景色がチカチカと点滅し始めました。お腹が重いのは食べ過ぎたせいでしょうか。「ああ、もう歩こう。歩いていいよね」と心が折れかけた41km地点で、招待選手の大南博美選手に遭遇。 偉大なランナーに元気をいただいたおかげで残りの1.195kmを歩くことなく走り抜き、なんとか3時間台は死守。8月の北海道マラソンより悪いワースト2のタイムだったものの、苦しかったぶん達成感はひとしおでした。
フィニッシュ後もめまいのような感覚は収まらず、歩いていると強い吐き気が。そこで救護テントに避難を求め、1時間ほど休ませていただきました。熱中症なのか食べ過ぎなのかよくわかりませんが、ドクターと看護師さんにはお世話になりました。(救護所については明後日のトピックで詳しくお伝えします)