人類はマラソンで2時間の壁を破れるのか!〜ランニング学会大会シンポジウムより〜
現在、マラソンの世界記録は2011年のベルリンでパトリック・マカウが出した2時間3分38秒。それまでの世界記録はハイレ・ゲブレシラシエが2008年の同レースで記録した2時間3分58秒。つまり3年で20秒の短縮。では、果たして人類が「サブ2」をたたき出す日はくるのでしょうか。なんと、それは日本人かもしれません!
そんな興味深いシンポジウムが第24回ランニング学会大会において開催されました。正式なテーマは「マラソン・2時間を考える」です。
■生理学から見たサブ2
シンポジスト一人目は電気通信大学の狩野准教授。「生理学から見たサブ2」というタイトルで講演。いわく、狩野教授は「日本人選手もサブ2は可能」との見解を示しました。
その根拠として、アメリカ生理学会が示したデータを例示。それによると、日本人10名のトップ選手のスピード持久力の係数(マラソンと10000mのタイムから算出)が平均4.52であったとのこと。
一方、ゲブレシラシエの係数は4.70で、なんと日本人の方が優れているという結果に。・・・なにがどうなってそうなるのかよくわかりませんでしたが、とにかく「日本人の係数ならサブ2はじゅうぶん可能」という結論でしたのでよしとしましょう。
ちなみに生理学的見地からみると、もっとも優れた筋肉は心筋だそうです。マラソンの原動力ともいえる骨格筋は、遅筋線維でさえミトコンドリアの量が5%なのに対し、心筋のそれはなんと40%。トップアスリートにかかわる研究者の間では、骨格筋のミトコンドリアを増やすことも大きな課題とのことです。
■マラソン2時間のバイオメカニクス的考察
シンポジスト2人目は筑波大学の榎本准教授。バイオメカニクス的見地、おもにストライドとピッチ、エネルギーの観点からサブ2の可能性を模索。
いわく、マラソンでサブ2を達成するには現在の世界記録ペースから0.17m/sのスピードアップが必要とのこと。これはストライドで5cm、ピッチでは0.1歩/sの増大になります。
無理にストライドを上げようとするとムダな動きにもつながるため、ピッチを増やすことがより現実的なんだそうです。
VO2max(最大酸素摂取量)がいわゆるトップアスリートレベル(80前後)で、なおかつその80%で走り続けられれば、エネルギーコストを180に抑えることで1時間58分40秒をたたき出せるとか。
たとえば同条件でエネルギーコストが200だと2時間11分52秒に。つまり、ケニアやエチオピアのトップ選手はなにも飛び抜けて優れた“エンジン”を持っているわけではなく、エコノミーコストに優れた走りができているに他ならないというわけです。
■マラソン2時間と「考え方の壁」
シンポジスト3人目は朝日新聞編集委員の忠鉢信一さん。『ケニア! 彼らはなぜ速いのか』(文藝春秋)で2008年度ミズノスポーツライター賞を受賞されました。
ケニアをはじめ、各国のランナーを取材して回った忠鉢さん。「不整地ばかり走っているわけではなく、意外に整備されたトラックもある」「子どもの頃から走っているから強いというのは、すべての選手に当てはまらない」など、現地を見てきた人ならではの話が聴けてたいへん有意義でした。
そしてマラソンの五輪選考会に話が及び・・・「日本人1位に何の意味があるんですか?」と、日本陸連や実業団にも顔がきくお歴々が揃っている前で厳しい問いかけ。
さらには「勝たなければ、メダルが獲れなければ意味がない。2時間6〜7分では世界で戦えないのは明らか」とも言い切りました。一瞬、静まり返る会場。
たしかに「日本人1位」という言葉、よく考えたら違和感を覚えなくもありません。トップ選手たちの目標がオリンピックでメダルを獲得することではなく「日本人1位」にすりかわっているとしたら、とても世界では戦えないでしょう。
そのことに気づいたのが日本水泳連盟です。日本の水泳界も一時低迷期を経験しました。そのとき断行したのが、「たとえ日本人1位だろうと、世界で戦えない選手は五輪に派遣しない」というもの。
五輪に選手を連れて行こうとすれば当然お金がかかります。初めから入賞もできないような選手を連れて行くのは税金のムダ、ということでしょうか。
この方針により、トップ選手たちの目標は「日本人1位」から「五輪でメダル」に変わりました。もう最初からめざすところが段違い。強くならないわけがありません。現に、日本の水泳は世界トップレベルとなりました。
・・・というような内容でシンポジウム「マラソン・2時間を考える」が終了。途中、難しいところも多々ありましたが、三人三様の専門的なお話が聴けてたいへん有意義でした。