中学時代のがんばり過ぎは、マラソン日本代表につながらない可能性!?

トヨタ車体陸上部監督で、現在も大南姉妹(ユティック)を指導する高橋昌彦さん。弊著『名古屋みちくさランニング。』のHow to ページ監修も担当していただくなど、まさに名古屋ランニングジャーナルの“精神的支柱”ともいえる存在。そんな高橋さんが早稲田大学大学院スポーツ科学研究科の修士論文公開審査会において、たいへん興味深い論文を発表。それは現在の日本の女子マラソン、とくに若手が伸び悩む要因を探るうえで、じつに価値のある研究でした。 elite_image.jpg この論文は、概要が日経新聞読売新聞などに掲載されたので読まれた方も多いと思います。名古屋ランニングジャールではあらためて高橋さんに独占インタビューを敢行。新聞記事では伝えていなかった公開審査会資料の内容について、いろいろと訊ねてみました。 ◎五輪・世界選手権メダリストを含む女子エリート選手にアンケート実施。 高橋さんが論文執筆に先駆けて行ったのは、トップレベルの女子中長距離選手383名(オリンピックと世界選手権の女子マラソン歴代メダリスト・入賞者20名全員を含む)への無記名アンケート。おもに中学時代の練習や競技活動についての調査です。 日本オリンピック委員会日本陸上競技連盟の調査ならいざしらず、一人の大学院生がこれだけの大規模アンケートを実現したことは、それだけでも大変評価されるもの(日本初!)。 しかも回収率は90.3%(424名に配布し383名が回答)。383名に回答を得た高橋さんは、その内容からマラソン(いわゆるフルマラソン)経験のあった選手128名全員を抽出し、分析を行いました。 その結果・・・日本代表経験のある選手たち(以下、代表経験群)と代表経験のない選手たち(以下、非代表経験群)を比較したところ、むしろ「非代表経験群の方が中学時代の練習がハードだった」と証明できる数々のデータが得られたのだそうです! ◎代表経験群のオフシーズンは、非代表経験群のなんと約2.5倍だった! 一日あたりの練習量(中学当時)は代表経験群が平均6.67キロに対し、非代表経験群の平均はそれを上回る8.29キロ。オフシーズンの長さに関しては、代表経験群が2.24ヵ月に対し、非代表経験群が約3分の1にあたる、わずか0.87ヵ月という驚くべき結果に。 疲労骨折を誘発しやすいという月経周期異常の割合がまた顕著で、代表経験群の3.4%に対し、非代表経験群は18.4%と約5.4倍。朝練習の実施率も代表経験群は60%で、非代表経験群が82.3%と高い実施率を示したそうです。 中学時代の部活を「楽しかった」「競技成績に満足していた」と振り返るなど、精神的な充足度を示す値が統計的に高い傾向にあったのも代表経験群の方という結果も印象的です。 ◎中学時代に実績がなくても、マラソン日本代表になれる可能性はある。 「中学生が全国大会を目標に、さらにはオリンピックなどを夢見て一生懸命がんばるのは素晴らしいこと」としながらも、「代表経験群と非代表経験群では、中学時代の全国大会での競技成績に差はみられなかったのです。この事実からいえることは、中学校時代の全国大会での成績の良し悪しでは、将来の女子マラソンの代表選手になれるかどうかは予測できないといえます」と高橋さん。 「たとえば、中学時代から全国大会でスター選手だった弘山晴美さんや市橋有里さんなどがいる一方で、高橋尚子さんや野口みずきさんのように、中学時代に無名だった選手でも世界で活躍しているのがいい例です。ということは、中学生の時点で全国レベルの選手でなくても、マラソンであれば世界で戦うことも可能であるともいえるんですね。大事なことは、取り組み方なのだと思われます」とも。なるほど・・・納得です。 ◎中学トップ選手の指導者は目先の成績にとらわれてはいけない。 少なくとも今回の調査でわかったことは、「中学時代の一定レベル以上のハードなトレーニングは、必ずしも将来のマラソン日本代表につながるとはいえない」ということ。つまり中学生時代のがんばり過ぎが、選手としての将来に影響を及ぼす可能性があるということです。 高橋さんはさらに、「中学校のトップ選手を指導する人たちに伝えたいこと」として、「大きな可能性を秘めた若い選手たちの将来をしっかりみすえ、けっして目先の結果だけにとらわれないでほしい。ちょっとがんばらせ過ぎかな?と思ったら勇気を出して練習をやめさせることも大切です。そして競技者として本当の勝負はもっと先において、女子中学生には月経異常を起こすような過度な練習は控え、楽しくトレーニングを続けていくことができる環境を整えてあげてほしい。そうすればまだまだ日本の女子マラソンは明るいと思います」と述べました。 ※なお、初めて女子マラソンの実態調査に踏み切った研究結果は近く学術誌に投稿される予定だそうです。 ううむ・・・なるほど。中学時代のハードすぎるトレーニングが、もしもその子の輝かしい将来を奪っているとしたら・・・。中学陸上部(とくにトップ選手を指導する)顧問の先生は、選手たちの練習メニューや環境をいまいちど見つめ直したほうがいいのかもしれません。今回の高橋さんの論文がきっかけとなって、女子マラソン界の再興が図られることを願うばかりです。 かつて小出義雄監督のもと、有森裕子さんや高橋Qちゃんの指導に携わった高橋昌彦さん。その後、UFJ銀行陸上部監督~トヨタ車体陸上部監督を経て、早稲田大学大学院スポーツ科学研究科に進学しました。今後は女子エリート選手たちの高校時代、大学時代の分析にもとりかかるとのこと。すでにデータは回収済みだそうです。 ランニングジャーナルでは、今後も高橋さんの研究者としての活躍にも注目していきたいと思っています。